第1回 子育てネットワーク研究会2000/4/8〜4/9
於 福岡県立英彦山青年の家
筑豊子育てネットワークの呼びかけで、
・筑豊子育てネットワーク
・田川地区子育てネットワーク「たんたん」
・北九州乳幼児子育てネットワーク「ひまわり」
・ねっとわーくキッズ川崎
・ちびっこようちえん
など、北九州・筑豊地区の子育てネットワークや子育て支援者から有志が集まりました。
15時に集合のあと、山に入っての宝探し。
恐怖の「生首」発見事件なども...それから夕礼。
そして、学食みたいな食堂で食事。
子ども達には、ちょっと大きすぎるイスとテーブル。
ま、「青年の家」ですから、よしとしましょう。
立て続けに入浴。
大きなお風呂にみんなで入りました。
着替えを探しに、裸で外を走り回った元気なヤツもいました。部屋に戻ってからは、大騒ぎ。
初めて合う子もたくさんいるのに、そこはネットワークの子どもたち。
あちこちで遊びの輪ができていました。
牛乳パックのブロックが飛び、歓声が上がるなか、
強引にミーティングが始まりました。
みなさん、このシチュエーションには慣れてらっしゃる。
まずは、自己紹介と自分たちのネットワークの紹介。
ネットワークへの関わり、思いも披露しました。これから、研究会をどうしていくのかも含めて意見交換。
せっかく始まったあつまりだし、もっと意見を交換したいという考えが多数。
でも、それぞれのネットワークのこと、子育てや仕事のこともあるので、
そう頻繁に集まるわけにもいきません。
じゃあ、ということでインターネットとFAXで、とにかく連絡網を作って
意見交換ができるようにしよう!ということで、まとまりました。「パパをもっと参加させたい!」という筑豊ネットからの問いかけに、
父親参加の盛んな、ひまわりネットからは、
「まずは、飲み会よ!」
「バーベキュー!」
「野外の遊ぼう会!」
「カメラマンにビデオ係」
と具体的なアドバイス。ネットワーク研究会って位だから、何かテーマを持って取り組みませんか?
という問いかけに
「自分たちが思っているネットワークの形が、少しずつ違っているみたい。
ネットワークって、なんだろう?というところから始めてみたら」という
意見がでて、5つの質問があげられました。これに答えていくことで、
自分たちの思っているネットワークの姿を見直してみよう、ということです。
<きまったこと>
・連絡網をインターネットを利用してつくる。
ホームページの掲示板、メーリングリストなど。
古野ぱぱ&松永みちるでなんとかする。
当面の連絡は相戸さんを中心にしておく。
・特に代表などは決めずに、幹事ネットワークを開催ごとに決め、次の研究会を主催する。
・「ネットワークって何?」という問いかけから、
以下の5つ質問に対しての自分およびネットワークがどういう考えをしているかを書き出してみる。
1)何を対象にしているのか?
2)どんな生い立ちで出来たのか?
3)なにを目指しているのか?
4)何でやっているのか?
5)ネットワークにパパを巻き込む良い方法は?・次回幹事は、北九州地区(ひまわり有志)が引き受ける予定。
夏場に、手頃な宿泊施設で1泊2日かなぁ、というかんじです。
初めての場所でちょっと興奮気味の子ども達をようやく寝かしつけました。
ここからが、本番。
こっそり「大人の部屋」に集まって、ネットワークのこと、子育て環境のこと、幼稚園のこと、保育園のこと、
子育て支援策のこと、行政のこと、いままでの苦労、これからの夢....語り尽くせないほどいろいろなことを、
深夜まで語り続けました。
ときどき、「マーマァ」と誰かの子どもが起きてくる。
入れ替わりのように、誰かが寝かしつけに戻っては、誰かが語り合いに入ってくる。
話しても、話しても、話したりない夜でした。
6時半起床!
どたばた、どたばた。
7時15分からの朝礼に、ちょっと遅れて集合。
もう一組の「麻生ビジネス専門学校」のみなさん、ごめんなさい。朝食のあと、こっそり体育館に忍び込んでボール遊び。
広大な体育館に子ども達はおおはしゃぎ。
そして、片づけ、掃除。いよいよ、お楽しみの野外調理へ出発。
材料を持って、薪を抱えてキャンプ場まで。
薪割りのやり方、火の付け方、飯ごうの炊き方など、教えてもらいながら調理開始。
鉈と焚き火と飯ごうには慣れてなくとも、料理になればこっちのもの。
その手際の良さには、指導員のお兄さんも感心してました。
ちょっとサラサラ目のカレーでしたが、やっぱり外で食べるご飯はおいしい!
子どもも大人も、たくさんたくさん食べました。
なべ洗いで、腹ごなししもしたし。
あー、腰が痛かった。部屋に戻って、時間いっぱいまで、絵本や手遊びで子ども達とお楽のしみ。
ちょっとした手違いで、次の宿泊のみなさんをだいぶお待たせしてしまいました。
ふたたび、ごめんなさい。それぞれに名残りを惜しみつつ、帰路につきました。
(古野ぱぱ 2000/04/19)
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